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旧国鉄・残影
増毛で迎えた朝は雨。
興部から天塩、そして今朝の増毛。 道北では雨ばかりだ。
道内各地の天気予報を見たら、十勝や釧路は比較的雨が少なそうだ。
だったら、釧路まで走れ! 関が原での島津軍の敵中突だ。
旭川も帯広も、この気圧配置なら雲に覆われて暑くはなかろう。
旭川への途中、神威古潭へ。
昨年、石狩川の源流から河口まで下りながら、
この、一番の見どころをトンネルで通過していたのだ。
天下の大河・石狩川が、ここ神威古潭では川幅数十mに狭まるのだ。
両岸から、奇岩怪石が迫るこの地点を渡るには、
神 (カムイ) に祈りをささげてから渡ったのだという。
神威古潭には、かつての駅舎が残っている。
国鉄・函館本線の駅で、1969年旭川駅 - 滝川駅間の電化・複線化に伴う
納内駅 - 伊納駅間の線路付け替えにより、旧線上にあったこの駅は廃駅となった。
鉄道記念公園には珍しく、3重連の蒸気機関車が置いてある。
昨年は車中泊した道の駅・旭川は、今回は遅い朝食をとるだけ。
旭川で、これから先、どこに行くか考えた。 やはり、道東が好い。
目指すは太平洋だ。 太平洋岸に出るためには、
道内の国道で最高地点の三国峠を越えなければならない。
増毛で降っていた雨は、旭川を過ぎると道路も乾いた状態だったが、
三国峠は霧。 それも、深い霧。 峠を越えながら、霧の中で歌を作った。
メロディは、島倉千代子が唄った 「からたち日記」 だ。
三国の峠は霧の中
何にも見えず ただ五里霧中
スピード落とし ライト点け あ~あ
それでも行く 進む
見通し立たぬ 霧の中
霧 霧 霧 霧
三国の峠
まぁ、運転しながら、唄いながら、
7 5 7 7 と言葉数を合わせながら作った歌は、この程度だ。
駄作で補作詞が必要だが、それを要求する人もいないだろう。
三国峠を越え糠平温泉に向かっていたら、道路脇の原生林が途切れて、
コンクリートンのアーチ橋が忽然と現れた。
旧士幌線の橋梁だ。
明治・大正・昭和初期の日本人は、
こんな山奥にまで鉄道を敷設しようと壮大な計画を持ち、実行したのだ。
その夢は、三国峠を越え、旭川までの鉄道だったのだ。
しかし、時代の経過は、さまざまな夢を打ち砕く。
そして、いくつかのアーチ橋が、旧士幌線の沿線に残った。
晋三よ、自民党政権よ。 取り戻す日本は、これだろうが!
糠平の街外れに、上士幌町鉄道記念館がある。 入館料100円。
ここはいい。
廃線になった鉄道は戻らないが、旗振りの晋三がいなくても、
日本人が何を考え、何をしたか、そして何を失ったかがすべて解る。
私が生まれる前の、日本人の強さと逞しさが解る。
入館料500円でもいい。
このまま走れば、太平洋岸の白糠はすぐだ。
しかし、日本海側の増毛から、一日で太平洋側の白糠に出たら、
また、爆走をしているとからかわれるからその手前の本別で今日は終わり。
しかし、この道の駅・ステラ★ほんべつ。 元国鉄池北線の本別駅の跡地なのだ。
道の駅の前庭には、
旧本別駅の跨線橋が残っている。
それにしても、今回の北海道旅行、
行く先々、旧国鉄の廃線や廃駅ばかりだ。 先人の苦労の跡が、みんなパーだ。
山間地に入って、休耕田となった棚田を見る思いだ。
何か、大切なものを忘れている。
目先のものばかり追いかけて、補償、補償でこんなことをしている日本。
いい将来があるわけがない。
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