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北の我が家

2013 北海道滞在中の些事片々

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  • 12/11/11:09

To be, or not to be.


「北の我が家」 がある日高地方は、
沙流川から襟裳岬まで100㎞の海岸線を持っている。
襟裳岬を回り込んで、広尾町の十勝との境界までが日高だから、
その海岸線はゆうに100㎞を超える。
襟裳岬まで至近の距離の様似まで、海岸線をJRの日高本線が走っている。

8月の2・3日は、
様似で 「アポイの火まつり」 が開催されるというので行ってきた。
標高810m、アポイ岳の山頂の祭壇で天を焦がさんばかりに火を焚き、
鹿の豊猟をカムイに祈ったというアイヌの伝承に由来する祭りだ。
この言い伝えを再現するために開催されるのが
様似最大のイベント 「アポイの火まつり」。
アポイ山麓での厳粛な採火式に始まり、エンルム岬に浮き上がる火文字、
アポイ太鼓やねぶたパレードなど、多彩なイベントがまつりを盛り上げる。

ところが私には、祭り見物の前に昨年来の宿題があった。
アポイ岳登山だ。
アポイ岳は、軽装備で楽しめる比較的登りやすい山だが、
登山口は海岸線から1㎞ほど内陸の標高80mのところにあり、
中こう配を700m以上登るため、それなりの体力が必要とされる。
昨夏、登ろうかと思いながら登る自信がなかった。
登るだけなら登れるだろうが、
登ったら降りてきて、それで初めて登山した、と言えるのだから。

5合目の山小屋付近から森林限界となり、
ゴツゴツとしたかんらん岩の露地にハイマツ帯が広がり、
色とりどりの高山植物もこの辺りから目立つようになる。
800mの低山でありながら高山植物が咲くのは、
日高を始め、太平洋岸に特有の海で発生するガス(海霧) のせいだ。
ガスがもたらす低温が高山植物を育てるのだ。

2日は天気が良かったので眼下に広がる太平洋のパノラマや、
馬の背から望む日高山脈なども楽しめたはずだが、
実際はそうもいかなかった。
バテバテで、周囲を見渡す余裕などなかったのが実情だ。
この数年間、400m前後の四王司山にしか登ったことがない。
800mといえば、その倍だ。

八合目までは登った。
そこからアポイ岳山頂までは時間にして30分の直登だ。
登ろうとすれば山頂を極めることはできそうだ。
しかし登り切った時点で、体力は底をつく (だろう)。
年老いて、自分の体力は自分が一番知っている。
しかし、
今夏、登頂をあきらめれば二度とチャンスはないかもしれない。
迷った。 大いに迷った。
To be, or not to be : that is the question.
登頂を為すべきか、為さざるべきか。

決断した。
登頂を断念して、八合目で引き返した。
引き返したことを悔いることになるのかな‥‥、と思いながら。
5合目の山小屋から馬の背までは胸突き八丁の急坂だった。
ガレ場の、苦労して登った道を下る。
下り始めて間もなく、左脚に痙攣が来た。 続いて右脚にも。
足を騙し騙し下って、山小屋で30分ばかり横になった。

登山口から五合目の山小屋までは、登りで1時間15分。
下りなら1時間もかからないところを、
休憩所のベンチでは必ず、短時間でも体を横たえたから、
1時間半くらいかけて登山口に辿り着いた。
仮に、登頂して体力を使い切っていたら、
時折痙攣に襲われる足で、登山口まで辿り着けたろうか。

アポイ山荘の露天風呂で下半身を癒し、
アポイの火祭りを見物することはあきらめて
「北の我が家」 に戻った。
八合目で引き返したのは、
登山者に求められる 「引き返す勇気」?

翌朝にはパークゴルフに出かけたから、私もタフ、と言えばタフだ。
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北海道一周の小旅行


26日の土曜日から、5泊6日の小旅行に出かけた。
 新冠~襟裳岬~十勝池田~釧路~知床峠~網走~能取岬
 ~宗谷岬~利尻島~増毛~小樽~余市~千歳~新冠
出発点と終点が北海道内の新冠だから小旅行だが、
この旅の出発点が下関だったら大旅行となるところだ。

襟裳岬は、日高地方に2ヶ月滞在するとなれば
一度は訪れて表敬訪問すべき場所だ。
池田のワイン城では町民パーティがあるので、
町内在住者ではないが押しかけ参加の許可をいただいたのだが、
悪天候でキャンセルした。
毎年一度は訪れて、毎年1個ずつ、
卓上に置くワイン人形を買い足すのも目的だったが、
めぼしい人形はなくなっていた。
初日の夜は、釧路で車中泊。
釧路の岸壁炉ばたの金券が残っていたので、
残りの金券の倍以上を駆って、すべてを使いきった。

2日目は根釧台地を横切って標津へ。
朝からの霧で、国後島の影も見えずに知床峠へ。
知床峠も展望ゼロ。
小清水の温泉に浸かって、網走へ。
ラグビー合宿中のコカコーラWを見物・応援して
居酒屋・蒸気船へ。
昨夏訪れて、
「一年経ったらまた来る。 覚えておいてね」 と言ったのに、
蒸気船の大将は私を忘れていた。
それでも次第に思い出した様子で、気を遣ってくれた。
カウンターで同席した埼玉からの客と仲良くなり、
その客の知人を呼び出して、その知人とも仲良く飲んだ。

翌朝は能取岬灯台を訪れた。
350余基訪れた日本の灯台の中で一番好きな灯台だ。
この灯台を見ないわけにはいかない。
その後、ラグビー合宿中の
コカコーラW vs 神戸製鋼の練習試合を観戦。
日の出岬温泉で入浴。
雄武の道の駅で車中泊。

枝幸~浜頓別と走っていたら、
急に利尻富士を対岸から望みたくなって抜海へ。
猿払~兜沼へと、オホーツクから日本海へ宗谷半島を横断だ。
しかし、抜海から利尻島は見えない。
だったら利尻島に渡ってしまえ!
最終便の最北航路で利尻島・鴛泊へ。
流石に、SARAY 号は一泊2000円の駐車場に置いていく。
夢海と書いて 「むかい」 と読む宿に泊まって
翌日は半日観光バスで利尻島を一周。
その前に、鴛泊灯台まで、約80mのペシ岬を登る。
利尻富士をバックにすると、ひときわ映える石埼灯台は、
観光バスの観光ポイントにはなっていないから、パス。
いい灯台なのに。
利尻富士は一旦姿を隠したが、また姿を現して、
辛うじて家人の期待に応えてくれた。

鴛泊から稚内に戻り、初山別の道の駅で車中泊。
これまで2度・3度と車中泊を試みて、
どうも波長が合わない道の駅だったが、今回はすんなり。

最終日は、
初山別~留萌~増毛~雄冬岬~石狩河口橋~小樽~余市と走った。
増毛では、最北端の醸造所で作られる清酒 「国稀」 を買うため。
小樽は、家人が好きな北一硝子に寄るため。
余市は、息子にニッカの原酒を買うため。
その後、千歳の空港の売店で早々とお土産を買い、
鵡川の道の駅の温泉に浸かってから帰宅。

あまり疲れてもいないから、
今朝は7時からパークゴルフに行って来た。
明日は、様似のアポイ岳に登る予定だ。
標高810m。 大丈夫かいな。

騎士の会 107 in 新冠


昨夏は、新ひだか町静内の 「北の我が家」 に、
九州から二人のワイン仲間の来訪を受け、
ワイン会を行い、襟裳岬へ、函館へ、札幌へと旅を共にした。
今夏も、同じ二人の来訪を受け、
「騎士の会 107 in 新冠」 を行い、
トマムへ、阿寒と摩周の湖へ、根室海峡へ、納沙布岬へ、
釧路へ、富良野~美瑛~旭山動物園へと旅を共にした。

私が根室海峡の海岸線を旅したのは過去に4回あるが、
海峡越しに北方領土の国後の島影を望んだのは1回しかない。
根室海峡は狭く、国後島は大きいのに、
根室海峡に発生する霧でトンとお目にかかれなかったのだ。
しかし一昨日は快晴で、
夏の北の海の向こうに国後の島影がはっきりと見れた。
5打数2安打の4割だから、この数値は高いのか低いのか。

トマムの雲海は土曜日は駄目で、
日曜日にリベンジを狙ったが駄目で、今夏はノーヒットだ。
土曜日は新冠を朝4時半に出発し、
日曜日は釧路のホテルを4時に出発して雲海を期待したのに‥‥。
昨年、家人と二人で雲海を眺めているので3打数1安打だ。
3割打者は野球なら立派だが、雲海見物としては?

同様に、摩周湖も霧で見えたのは湖面の 0.5%だから、
見えた、とは言えない。
霧の摩周湖では霧が見れればいいのかもしれないが、
こちらも3打数1安打。

涼夏をもたらす霧は大好きだが、
北海道観光ではこの霧にきりきり舞いをさせられる。
自然界が相手では思い通りにならないもので、
これも北海道なのか。

九州からの二人は3泊4日の旅程を終え、
今朝の新千歳空港を飛び立った。
「騎士の会 107 in 新冠」 で飲んだワインを記録に残しておこう。

Linard-Gontier Brut NV Champagne

L'Esprit de Chevalier 2009 Pessac-Leognan
Sancerre Le M.D. Bourgeois 2011 Henri Bourgeois

Domaine de Chevalier 2007 Pessac-Leognan

昨夜は静内の 「赤ひげ」 で食事した。
ビールと、焼酎、日本酒。
「北の我が家」 に帰ってから二次会。

Chateauneuf de Papu 2001 Vignobles Jean Royer

トマムの雲海は空振りだったが、
4時半出発、4時出発と続いて、
札幌の場外市場でうに丼とイクラ丼を食べるために今朝は5時出発。
一日が長~い三日間となった。 楽しかった。

森昌子


北海道での新しい生活が始まったが、
3LKの家に生活備品の90%は用意されているから、
日産キャラバンの SARAY号で後方視界を確保する程度に
下関から運んだ荷物の量などたかが知れている。
町役場に顔を出した日の午後と一昨日の、計一日半があれば、
大体は整理がついて、必要な食料・調味料も買い揃えられる。
家の周りに、
屋根の形に沿って敷き詰められた砂利の雑草もほとんど除草した。

てなわけで、昨日は隣町の夏祭り見物に出かけた。
「第20回 みついし蓬莱山まつり」
毎年7月の最初の日曜日に行われるというこの祭りだが、
昨夏、北海道に渡った時にはこの祭りは済んでいた 後の祭りだ。

北海道では街並みを外れると途端に人家が途絶えるが、
まつり会場の蓬莱山公園も人家が途絶えたところにある。
三石川を挟んで蓬莱山と雌蓬莱山が対峙し、
その二つの岩山に重さ4t の注連(しめ)縄がかけられている。



北海道ではなんでもデカイが、この注連縄もその流れか。
特設舞台では陸自第7音楽隊の演奏が始まっていた。



北海道には、
安倍晋三がバカ騒ぎする以前の、祖父・岸信介の時代から、
仮想敵国ソ連に対する北の守りとして自衛隊が重点的に配備されてきた。
すぐ近くの東静内には、
第7師団で対空の骨幹部隊である第7高射特科連隊や、
第1高射団隷下の第101無人偵察機隊などが配置されている。
近々に対空実射訓練が公開されるので、昨年に続いて見学に行く。
昨年は見物だったが、今年は見学だ。
安倍晋三が憲法解釈を捻じ曲げ続ける限り、
日本国民皆兵で、いつ、銃を握らされるか知れたものではない。
困った時代になったものだ。

陸自第7音楽隊の演奏の後は歌謡ショーだ。
今年のゲストは森昌子だという。
「なみだの桟橋」 「哀しみ本線日本海」 をカラオケで歌う私としては、
森昌子は、正座して不動で拝聴する様な歌い手さんなのだ。
彼女は演歌界でヒット曲を連発した大歌手だが、
昭和の私には、やはり昭和52年から60年ころの歌が好きだ。
昨夏は新冠の レ・コード館で鳥羽一郎の歌謡ショーを観たし、
なぜか北海道に来ると歌謡ショーに出会うから、何とも不思議な縁だ。

会場で、隣に座ったご婦人と少しばかり会話をしたら、
「芋餅」 とやらを戴いた。 空腹のせいではなく、実に美味かった。
北海道の人は、すぐに物を下さる。 
すでに 「100m以上も離れた隣家」 から野菜を戴いている。

帰りに立ち寄った三石の道の駅のレストランが、
インド・ネパールのカレー屋さんに模様替えしたのは昨夏だったが、
その店が静内に進出し、まつり会場にも出店していた。
この一年間商売に励み、地元の支持を得たのだろう。

2014・夏・北海道


さすがに、北海道は寒い。
北海道のこの時期には夜中の3時半を過ぎれば、ほんのりと明るんできて、
下関との時間差がゆうに1時間を越えるのは承知しているのだが、
その3時半に、
朝を思わせる明るさではなく、寒さで目が覚めた。

室内外ともに14℃と少しの気温だろうか。
下関と北海道のとの気温差が8℃から10℃あると知りながら、
七分袖の肌着とパンツ一枚で寝た私が馬鹿だった。
夏には、寝巻をを着ないで寝る私は、
寒いとなれば長ズボンを穿き、長袖シャツを重ね着するしかない。
この寒さというか涼しさを求めて、三年来、
毎夏北海道に渡っている私としては、何ともお恥ずかしい話だ。


1日に、新門司港を 16:50 に出港した名門大洋フェリーは、
レストランでの夕食はバイキングで、
大皿に山積みされた明太を、支払った料金に見合うだけの量を食べて、
大満足で翌2日の 05:30 に大阪南港に着いた。
これまで、瀬戸内海の船旅はもっぱら阪九フェリーを利用してきたが、
あれほどの明太が食べれるなら名門大洋も強力なライバルになる。

敦賀港発の新日本海フェリーは翌3日の 01:00 だ。
それまでの18時間前後をボケ~っと待つわけにもいかないから、
能登半島旅行に充てた。
珠洲の見付島は、能登を四度訪れて、初めて間近に見た。
先端の狼煙にある禄剛崎灯台を訪れるのは3回目。
揚浜塩田を見るのは三度目。 今回は塩を土産に買った。
千枚田を見るのも三度目。
輪島の街を訪れるのは四度目。 家族の人数分の箸を買うのも四度目だ。 
輪島市の某所ではGS三店の競合が続いていて、相変わらず安かった。
18時間で大阪南港から能登半島の先端まで走り、
敦賀港まで帰ってくるのは時間的には余裕があるものの、
かつて、爆走を得意とした私にとって、久々の爆走となった。

敦賀~苫小牧東港の船は日本で最大級の外洋フェリーだ。
進水してから3年と間がない。 新造船と言ってもいいくらいだ。
新しい船は好い。 大きい船もいい。 
が、豪華客船のように大きすぎてはいけない。
船では、朝、昼、夜の食事をとるが、
苫小牧に 20:30 に着いたら運転するから、飲むのは昼食時までだ。
グリルで魚料理と肉料理が付いたフルコースを注文し、
北海道産のワイン赤・白をハーフで注文した。
北海道上陸の前祝だ。

夜の日高道を走って、その日のうちに新冠の旅人宿・ふかふか亭 へ。
すでに始まっていた経営者と宿泊者の酒宴に飛び入り参加し、
翌朝はかまびすしいウグイスの鳴き声に起こされた。
そして昨夜は 「北の我が家」 で寝て、寒さで眠れなかった、という展開だ。

今朝も、日高の夏らしい薄曇りの空で夜が明けている。
この曇り空が、私の好きな涼夏を生む。
私の場合、夏の北海道では、好天の青空は一切期待してはいけない。