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北の我が家

2013 北海道滞在中の些事片々

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  • 07/06/23:06

旧国鉄・残影


増毛で迎えた朝は雨。
興部から天塩、そして今朝の増毛。 道北では雨ばかりだ。
道内各地の天気予報を見たら、十勝や釧路は比較的雨が少なそうだ。
だったら、釧路まで走れ! 関が原での島津軍の敵中突だ。
旭川も帯広も、この気圧配置なら雲に覆われて暑くはなかろう。

旭川への途中、神威古潭へ。
昨年、石狩川の源流から河口まで下りながら、
この、一番の見どころをトンネルで通過していたのだ。


天下の大河・石狩川が、ここ神威古潭では川幅数十mに狭まるのだ。


両岸から、奇岩怪石が迫るこの地点を渡るには、
神 (カムイ) に祈りをささげてから渡ったのだという。


神威古潭には、かつての駅舎が残っている。
国鉄・函館本線の駅で、1969年旭川駅 - 滝川駅間の電化・複線化に伴う
納内駅 - 伊納駅間の線路付け替えにより、旧線上にあったこの駅は廃駅となった。


鉄道記念公園には珍しく、3重連の蒸気機関車が置いてある。


昨年は車中泊した道の駅・旭川は、今回は遅い朝食をとるだけ。
旭川で、これから先、どこに行くか考えた。 やはり、道東が好い。
目指すは太平洋だ。 太平洋岸に出るためには、
道内の国道で最高地点の三国峠を越えなければならない。
増毛で降っていた雨は、旭川を過ぎると道路も乾いた状態だったが、
三国峠は霧。 それも、深い霧。 峠を越えながら、霧の中で歌を作った。
メロディは、島倉千代子が唄った 「からたち日記」 だ。
  三国の峠は霧の中
  何にも見えず ただ五里霧中
  スピード落とし ライト点け あ~あ
  それでも行く 進む
  見通し立たぬ 霧の中
  霧 霧 霧 霧
  三国の峠
まぁ、運転しながら、唄いながら、
7 5 7 7 と言葉数を合わせながら作った歌は、この程度だ。
駄作で補作詞が必要だが、それを要求する人もいないだろう。

三国峠を越え糠平温泉に向かっていたら、道路脇の原生林が途切れて、
コンクリートンのアーチ橋が忽然と現れた。
旧士幌線の橋梁だ。


明治・大正・昭和初期の日本人は、
こんな山奥にまで鉄道を敷設しようと壮大な計画を持ち、実行したのだ。
その夢は、三国峠を越え、旭川までの鉄道だったのだ。
しかし、時代の経過は、さまざまな夢を打ち砕く。
そして、いくつかのアーチ橋が、旧士幌線の沿線に残った。
晋三よ、自民党政権よ。 取り戻す日本は、これだろうが!

糠平の街外れに、上士幌町鉄道記念館がある。 入館料100円。
ここはいい。
廃線になった鉄道は戻らないが、旗振りの晋三がいなくても、
日本人が何を考え、何をしたか、そして何を失ったかがすべて解る。
私が生まれる前の、日本人の強さと逞しさが解る。
入館料500円でもいい。


このまま走れば、太平洋岸の白糠はすぐだ。
しかし、日本海側の増毛から、一日で太平洋側の白糠に出たら、
また、爆走をしているとからかわれるからその手前の本別で今日は終わり。

しかし、この道の駅・ステラ★ほんべつ。 元国鉄池北線の本別駅の跡地なのだ。
道の駅の前庭には、
旧本別駅の跨線橋が残っている。


それにしても、今回の北海道旅行、
行く先々、旧国鉄の廃線や廃駅ばかりだ。 先人の苦労の跡が、みんなパーだ。
山間地に入って、休耕田となった棚田を見る思いだ。
何か、大切なものを忘れている。
目先のものばかり追いかけて、補償、補償でこんなことをしている日本。 
いい将来があるわけがない。
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ふるふるトマト


昨夜、車中泊した増毛には、7年前の思い出に残る居酒屋がある。
記憶を頼りに再訪したら、その居酒屋に間違いはなかった。
愛想の悪いご主人も居て、ご主人の前の小さいカウンターも記憶のままだ。
が、一人で来店した旨を伝えると、
「団体の予約で手いっぱいだ。 一人客のカウンター席には対応できない」
愛想の悪さは7年間で変わっていない。 でも、7年前は、
本州の果てから来たと言ったら、ボタンエビをサービスしてくれた。
今回、カウンターに座れたら、静内の 「赤ひげ」、網走の 「蒸気船」 と並んで
私の、北海道でとっておきの居酒屋になったのだが‥‥。

この居酒屋に寄りたくて、20分先の岩尾温泉で入浴してから、
先に進まず、また20分かけて増毛に引き返したのに‥‥。
仕方ないから、半分、便所の火事 (やけくそ) になって、
「ふるふるトマト」 なる店に入った。
ソフトクリームやかき氷、クレープや軽食を売る店だ。
「飲みに来た」 と伝えると 「お酒はありますよ」
「酒のアテは?」 と聞くと 「作りますよ」
だったら、飲んで、食べてやろうじゃないか。 そして、驚いた。
プチトマトのマリネから始まって、運ばれる料理の全てが美味い。
極めつけは最後のビーフカレーだ。
特別に作ってくれたのだろうが、
ジャガイモや玉ねぎなど7種類の野菜をカリッと揚げて、
カレーのルーに放り込んである。

店のメニューにある、豚丼やオムライスを注文したら、
「カレーが美味しいですよ」 と言うだけのことはある。
相当、飲んで食べた後だったが美味い。 店の女主人には、
「今まで食べたカレーの中で5本の指に入る」 と言って帰ったが、
余韻が覚めた今でもはっきりと断言できる。
今まで食べたカレーの中で、一番、美味かった。
はっきりと宣言しよう。
今までに食べたカレーで一番美味かったのは、
増毛の 「ふるふるトマト」 で食べたカレーだ。

今後、増毛を再訪した時に、
あの居酒屋の暖簾をくぐるかどうかは分からない。
でも、「ふるふるトマト」 のカレーは何度でも食べたい。

増毛旅情


道の駅・てしお で迎えた昨日の朝は雨だった。
こんな天気では行っても仕方ないを承知で、
サロベツの30数基の風車が一列に並ぶのを見に行った。
7年前に見て、昨年も見て、今年見るのは2回目だ。
風力発電の風車が並ぶ風景が余程好きなんだろう。 敵は本能寺、だが。
風車が並ぶ場所に駐車公園がある。 
振り向けば利尻富士が、‥‥見えない。 この雨では仕方がない。
この、何もない原野に4回も足を運んだのは、
他でもない、洋上に浮かぶ利尻富士が好きなのだ。
主人公不在の写真。


道の駅・てしお から小平の道の駅・鰊番屋まではオロロンライン。
7月に滞在した日高路を別にすれば、北海道で一番多く通った道だ。
町村ごとに6つの道の駅が並んでいる。
見とれる風景も、立ち寄る場所もないから、
ひたすら、スタンプラリーのスタンプを集めることに専念。

留萌に入た。
留萌灯台の下、青灯台が記念に残っている駐車公園で昼食。
ここで、私の車中泊旅行では初めてのことだが、
車載のミニコンロでお湯を沸かし、インスタントラーメンを。
車内菜園には、4日前に買った小ネギがまだ青さを保っている。
しかし、外は雨。
窓をわずかに開けただけの車内の暑いこと!
車載の扇風機を回して、辛うじてしのいだ。 窓は全面曇った。
教訓。 車内でコンロを使うのは雨の日以外に。

増毛では、久しぶりに増毛灯台を訪れた。 ここも雨。


増毛には、日本最北の造り酒屋さんがある。 「国稀酒造」 。


今でこそ、
米はどこからでも運べるから、いい水があれば酒造業は成り立つが、
明治期に創業したということは、ここが米作の北限だった、ということだ。
水は、署寒別岳からの伏流水。 
店の横に水場がある。 1.5ℓ のペットボトルに2本、汲んできた。

この地方の中心都市は今では留萌だが、
明治期は増毛が開拓の拠点だった。 鰊の千石場所とも呼ばれて栄えた町だ。
かつての留萌本線の終着駅・増毛駅。 今は廃線だ。


駅前には時代をしのばせる建物も多い。 駅前旅館。




増毛には、
重要文化財の 「旧商家丸一本間家」 などの豪壮な商家も残っているが、
駅前旅館のたたずまいが哀調を帯びていていい。
駅前にもう一つ。

「風待食堂」
北前船の港にちなんで、とてもいい屋号だ。

増毛駅にほど近い道路脇はやたらと広い。
断わる相手もいないから、そこで車中泊した。

ドジ踏んじゃった


興部(おこっぺ) の道の駅で今朝の気温は24℃だったが、
雄武、枝幸、浜頓別と北上するにつれて、時間的な経過もあるが、
次第に気温が上がっていくから嫌になる。
それでも、日本の最北端・宗谷岬は、
時折の陽射しはあっても吹く風は涼しかった。
今日はやたらと風が強かった。 西風だ。
道路脇の吹き流しは、真横になってちぎれんばかりに震えていた。
窓から音を立てて入ってくるこの風で、暑さも多少はしのげた。

今日は、毛ガニの水揚げ日本一の枝幸漁港。
北海道で5本の指に入るほど好きな北見神威岬灯台。
日本最北端の宗谷岬。
北海道で一番のっぽの稚内灯台とノシャップ岬。
(根室の先にある最東端の岬は納沙布岬。 ノシャップ岬は野寒布岬と書く)
豊富(とよとみ)温泉で入浴。
道の駅・てしおで車中泊、という一日だった。

ところが、カメラにSDカードを入れるのを忘れて、
撮った写真をブログに乗せるすべを知らない。 ドジだ。
でも、もう一台のカメラで撮った何枚かがある。

見るからに人を寄せ付けない山容の岩山に立つ北見神威岬灯台。


近づけば、


海の守り神、といった感じの灯台で、私はこんな灯台が好きなのだ。


暴風雪用のシェルターを通った。


中央部分にはトイレと電話完備だ。


北海道の冬の厳しさを想像することができるが、
昨日通過した別海町にこれがあったら、
娘さんに覆いかぶさって、ご自身は命絶えたお父さんの悲劇はなかっただろうに。

宗谷岬に立つ間宮林蔵の立像と弁天島


ブログに乗せたい写真のいくつかがあったのに、馬鹿な私だ。

能取岬灯台


今朝、網走の道の駅を出発したのは10時前だ。
私の旅行で、こんなに遅い出発はめったにない。 飲みすぎだ。
家内への、9時過ぎの定時連絡も30分以上遅れた。
「酔いが残っているのなら運転しないで」 という忠告に、
「大丈夫だ」 と答えてはみたものの、洗面所の鏡に映った顔はどす黒かった。

私が、日本の灯台の中で一番好きな能取岬灯台には30分もかからない。
今回で3度目の訪問だが、好きなものは何度見てもいい。








美しいとか、雄々しいとか、そんなチャラチャラした表現では表現しきれない
気品や気高さを備えた灯台だ。
日本全国360余基の灯台の中で、能取岬灯台に勝る灯台を私は知らない。
強いてあげれば、本州の西北端に位置する角島灯台か。

7年前の初回は、北海道の灯台めぐりで海岸線を一周する旅だったから、
灯台のぐるりは回ったが、能取岬は見なかった。
昨年の2回目は、灯台前の駐車場で一夜を過ごした。
今年の3回目は、灯台の先にある 「オホーツクの塔」 まで行った。






能取岬灯台からは立ち去りがたかったが、今日は暑い。
日高と道東で40日を過ごした体には、網走の朝9時過ぎの30℃は辛い。
未だクーラーは入れないが、せめて窓から入る風が欲しくて走り出した。
能取湖をほゞ一周、サロマ湖の南岸も長い。
紋別の道の駅で泊まることも想定して、
道の駅・かみゆうべつチューリップの湯で入浴。
サウナに入って、相当の汗を流したのに、未だ汗ばむ。
クーラーを入れ、興部(おこっぺ) まで走る。 ここも暑い。 33℃ある。
オホーツクの沿岸は、どこまで走っても同じだろう。
今日の泊りは道の駅・おこっぺ と決める。

紋別のイーオンで買った絹ごし豆腐を冷奴で。
鰹節は家内が車に積んでくれた。
小ネギはイーオンで買って、自分で刻んだ。
車中泊旅行で、小ネギを刻んだのは初めてだ。
明朝の味噌汁は、豆腐たっぷり、小ネギたっぷりの、私らしい味噌汁になる。
さぁ寝ようと思ったら、道の駅の裏の広場で盆踊りが始まった。


   そよろそよ風 牧場(まきば) に町に
   吹けばちらちら 灯がともる
   赤くほんのり 灯がともる ほら灯がともる
   シャンコシャンコシャンコ
   シャシャンがシャン
   手拍子そろえて シャシャンがシャン

  
   笛も流れる 太鼓も響く
   風が流れる なか空に
   手拍子そろえて ほら回れ ほら回れ
   シャンコシャンコシャンコ
   シャシャンがシャン
   手拍子そろえて シャシャンがシャン

北海道は土地が広いから、駐車場も広場も十分すぎるほど広い。
広い広場に、過疎の町の踊りの輪は小さい。
見よう見まねで、私も踊りの輪に入ればよかったが、
盆踊りが終わるまで遠くから見ているだけだった。
親子連れや、若いカップルが踊っている。
見ていれば見ているほど、えもいわれぬ寂寥感に襲われた。
明日は枝幸か、その北まで行くが、そこで盆踊りがあれば、踊りの輪に入ろう。
明日は16日。 盆踊りは、もう、無いか‥‥。