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北の我が家

2013 北海道滞在中の些事片々

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  • 05/19/20:01

信州


昨日で9月に入った。
上越市吉川の道の駅で9月1日の朝を迎えて、
さて、今日一日どうするか。 どうするかたって、決まってる。
信州だ。
信州のどこに行くか。 どこに行くかたって、決まってる。
東信の望月だ。

カーナビでは詳細のルートがわからないから、
出来る限り直線に近いルートを選んだら、これが大間違い。
進むにつれて道は細くなり、急坂になってくる。 霧に巻かれ始めた。
こんな道、二度と通りたくないと思ったが、
あとで地図を見たら、標高1129mもある開田峠だ。
千メートル超の峠を越えようとすれば、そりゃ大変だ。 いゃ~参った。
この後に、菅平越えが待っていた。
北海道では2か月間経験しなかった峠の連続だ。
しかも、道は細く、急坂だ。
十州に境連なる信濃の国は八方が山と峠だ。

小諸を過ぎ、佐久を過ぎ、気が付いたら佐久穂町に入っていた。
両側から山が迫り、谷筋の道になって、進んでいる道も記憶と違う。
一年前に食べた鯉料理を、もう一度食べようと走っていたのだが‥‥。
コンビニで 「るるぶ」 を立ち読みして、通り過ぎたことに気付いた。
目指す店は、中込駅前の山城屋だった。
鯉こく定食が1200円。 鯉の甘煮が単品で800円。
美味い。
これで2000円なら御の字だ。


現存する最古の校舎である旧中込学校を観る。


古い校舎では、松本市の旧開智学校が有名だが、
開智の竣工は明治9年。 中込は明治8年だ。 ともに国の重文。
開智は藩校の流れをくむが、中込は藩校でもなんでもない。
そんなに豊かでもない3つの村が金を出し合って建てたという。
さすが、信濃教育の原点だ。

鯉料理を堪能して、望月の街へ。
中山道25番目の宿場町も、時代に取り残された街になっている。
おふくろが生まれ育った街だ。
鹿曲川の流れを眺め、瓜生坂を登った。
おふくろの話に、何度も出てきた川と峠だ。




道の駅・みまき の温泉に入る。
この2か月間に入った温泉は30か所をくだらないが、
そのほとんどにサウナがあった。 昨日の温泉にも。
サウナ室に入ったら、壁に2枚、バスタオルがかかっている。 忘れ物?
ところが、見ていると、サウナから出る人は誰もが、
そのバスタオルで自分が流して落とした汗を拭きとっている。 
椅子と床の。
こんな光景は初めて見たが、私も真似た。

洗い場では、
自分が使ったイスをきちんと並べ、その上に桶を伏せて離れる。
それは真似なくても、私もいつもしていることだが。
信州人はお行儀がいい。
これも、信濃教育の賜物か。

昨夜は東御市の道の駅・雷電くるみの里 で車中泊した。
朝、道の駅から南方を観たら、山越しに、一つの街が見える。
食堂のおばさんに聞いたら、北御牧だという。
その近くには望月の街があるだろうと写真を撮った。


私は、
生まれた長門市と、住んでいる下関市の次に信州が好きだった。
ところが、この最近、北海道が割り込んできた。
信州は北海道の次になりつつある。
なにも、序列をつけることはないから、信州と北海道を車の両輪としよう。
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函館~上越


函館発午前3時。
津軽海峡の天気はすっきりしないが波低し。
6時40分、青森港着。 青森ICに直行。 東北自動車道へ。
青森・岩手県境を中心に土砂降り。

盛岡近くのSAで、盛岡冷麺を食べる。
軽食コーナーでの冷麺はレストランよりも100円安かったが、
その分だけ味が落ちているのか。
そういった形で、レストランとの差別化はしないでほしい。
このままでは、私の中での盛岡冷麺の評価が落ちてしまうので、
次のSAでは、レストランの冷麺を食べた。
短時間のうちに2杯の冷麺を食べる私もどうかしているが、
そんな悪条件化でも、2杯目の冷麺は美味かった。
これでまた、来年北に向かうことがあれば、SAのレストランで冷麺を食べよう、
というように気持ちが持ち直せた。 めでたし、めでたし。

郡山JCTから磐越道。
仙台を過ぎてから雨は降らなかったし、道は乾いていたので快調に走る。
しかし、岩手山、蔵王山、安達太良山、磐梯山は雲に隠れていた。
新潟は素通り。 上越市の柿崎ICで降りた。 土曜半額割引で6900円。

「我が家」 から新潟まで一日で走ったのは3度の経験があるから、
新潟近辺で一泊すれば、
函館までなら2日で行ける自信が確信に変わった。
津軽海峡を深夜に渡る、という条件付きだが。

これまでは、
名立谷浜SAか米山SAで車中泊していたが、そこでは入浴ができない。
柿崎ICで降りたら、至近に、よしかわ杜氏の郷 という道の駅がある。
ここには、隣接して温泉がある。
古い建物で、600円は少し高すぎるが、
受付の3人の女性が愛嬌があって可愛いから、許すしかなかろう。
隣接してセブンもある。 これはとてもいいことだ。
「我が家」 から青森までの中間地点に、温泉とセブンがある道の駅を見つけたことは、
私にとって強力な援護射撃となる。

しかし、食事が済んだ頃、強烈な雨風に襲われたのには参った。
バックドアを半開きに固定する金具を実験中で、
思ったようにドアロックができないからあれこれ検討中だったが、
突然の雨でびしょ濡れになった。 もう、旅先では余計なことはすまい。
小さい低気圧が通過したのだろうが、
あの雨のおかげで台地は一気に冷え、眠りやすくなったのは事実だ。
朝は24℃まで下がっている。
北海道にいた54日間に、冷房を入れた走ったことの3回や4回はあるが、
冷房を入れて走って、車外に出た時にメガネが曇ったのは今夏初めての経験だ。
これが、内地だ。
内地の、嫌いな夏だ。 内地で、夏はまだ残っている。 嗚呼。

静内との別れ


真狩村の道の駅には9時半までいたけど、
雲に隠れて全貌を表さない羊蹄山は、30分や1時間待っても、
姿を表さないときは表さない。
途中で何度振り返っても、薄情な女性と同じらしくて、駄目なものは駄目だ。

真狩村から洞爺湖の北岸に出て、
そのまま南に走れば、酒のみ友達が眠る洞爺湖町はすぐだが、
盆前の17回忌に間に合うようにお参りを済ませているし、
こちらの勝手な都合で何度も訪れることもなかろう。
洞爺湖町に向かって手を合わせるだけで東岸を南下した。
北海道の子供か内地の子供か知らないが、
いかだに乗って遊んでいた。 これも教育の一環か。


伊達の街でホームセンターに寄り、
ホームセンターの分類では補助金具と総称するらしい金具を買った。
バックドアを半開状態にして、その状態を固定して保ち、
なおかつ全扉にロックがかかる、という優れものだ。
江差の道の駅で、車中泊の同好者が考案した方法を聞いて真似たのだ。
私の愛車も、車中泊専用車としては自信と自慢の作品だが、
世の中には頭のいい人がいるもんだ。 脱帽だ。
この仕組みを、いつか、誰かに伝授する日もあろう。
いいものは、共有すればいい。

室蘭では、白鳥大橋を渡り、対岸でUターンをして、もう一度渡った。
あの橋で通行料をとらないのはとてもいいことだ。
駒ケ岳を過ぎてから苫小牧まで、噴火湾沿いの道は退屈な道だが、
白鳥大橋を往復すれば気分転換にはなる。
あの橋を往復しない旅行者はモッタイナイことをしている。

新冠の 「寶龍」 で味噌ラーメンを注文して、
親爺さんに 「できれば、来年また来たい。 それまで元気で」 と挨拶し、
新ひだか町役場で I 女史に挨拶し、
お向かいさんとお隣さんに挨拶し、
私と同姓の散髪屋はもう閉まっていたので、郷里の友人と同姓の散髪屋で散髪し、
「赤ひげ」 で、静内最後の酒を飲んだ。
来年また新ひだか町の静内に来ることができれば、
今日挨拶した方々に 「また来たよ」 と言える。
少し足を延ばして、網走の 「蒸気船」 の大将にも言える。
家内はこのほかに、温水プールの職員さんだかインストラクターに
「また来ました」 と言うことだろう。 回数券がまだ残っているらしいから。

一か月間滞在させてもらった家も、懐かしい思いで見た。
私と家内が一か月かけて抜いた雑草は、3週間で元の木阿弥だ。
草抜きは義務付けられていたわけではないが、
1か月単位であてがわれる移住体験の家を、
「北の我が家」 と思うか思わないかの違いだろう。
雑草が生い茂っていたという話を家内にはしないことにしよう。

新ひだか町で、ご挨拶するべき方々にはご挨拶したので、、
明日は函館に向かう。
函館朝市の 「むらかみ」 でのウニ丼が、北海道で今夏最後の食事だ。
台風が来ないうちに、津軽海峡を渡ろう。



恥ずかしがり屋


真狩(まっかり) の道の駅で迎えた朝は雨。
北海道の南西部でこの雨は明日の午前中までは続きそうで、
昨日の朝洗ったわが愛車のディープカシスは、結局一日しか持たなかった。
北海道に来てから、洗車をするといつもこうだ。
北海道の涼夏は、この雨と霧でもたらされているのだから、
涼夏を求めて内地を逃れてきた身で、快晴を、などとぜいたくは言えない。

昨日は終日、いい天気だった。 前日から二日連続だ。
恵山岬灯台


南東(臼尻港) からの駒ケ岳


南(道道43) からの駒ケ岳


大沼公園からの駒ケ岳


駒ケ岳は会津磐梯山と同様に山頂が吹き飛んだ山だから、
見る角度によって山容が異なる。
海越しに見ても、裾野から見ても、湖を手前に置いて見ても、
それぞれに趣のある構図を演出してくれる。 私が好む山だ。
山を見ながらだと、運転に集中できない危うさはあるが、
道幅が広くて、直線区間が長くて、交通量の少ない北海道では、
それが多少可能になる。 撮影場所を通り過ぎたら、すぐにバックができる。

噴火湾沿いのだらだらとした道をあくびをしながら走って、
長万部から、また内陸に入った。
黒松内を過ぎると、
前方にニセコアンヌプリを主峰とするニセコの山々が見える。
スキーをしない私には関心度の低い山だが、
全容を見るのは初めてだから写真に撮った。
蘭越の道の駅から。


ニセコの山々が、これほどはっきり眺められるということは、
昨夏は空振りで、今夏の前半も空振りだった蝦夷富士の羊蹄山が、
今度こそは見れる! と、期待が広がる。
しかし、


車中泊の場所に決めていた真狩の道の駅のは、羊蹄山の真南だ。
誰かの話で、羊蹄山は南から眺めるのが好い、と聞いていたのだ。
でも、駐車場に愛車を停めても、雲は消えない。


それどころか、山頂に乗っかっていただけの雲は、次第に中腹へと降りてくる。
こりゃ、だめだ。
相性の悪い山というのはある。
いつ行っても、何度行っても全貌を現さない。 相当な恥ずかしがり屋なのだろう。

夜来の雨で、朝の姿はもっと酷い。
それにしても昨晩は寒かった。 車内温度は13度。 公式記録は11度。
演歌歌手・細川たかしは真狩村の生まれだが、
彼の音域の幅は、この真狩の昼夜の温度差の幅で鍛えられたのか。

今日は、3週間ぶりに日高に入る。

江差~松前~恵山


江差の道の駅は,江差の市街から車で5分くらい離れた場所にある。
それでも海岸に立地しているから、江差鴎島灯台の点滅が見れた。
灯台に夢中だった数年前なら、
灯台の灯の点滅を見ながら眠れるなんて、至上の幸福だったろう。

今夜、車中泊している道の駅、なとわ・えさん は、
下北半島に最も近い場所だ。 (下北半島に最短の地点は汐首岬だが)
ここの海岸に打ち寄せる波の音はすごく大きい。
津軽海峡は、汐首岬と大間崎を結ぶ線までで、恵山の海はもう太平洋なのだ。
建物の裏に出てその波の音を聞きながら、目を凝らすと、
右に大間埼灯台の点滅が、左の水平線には尻屋埼灯台の点滅が見える。
東北を代表する2つの灯台の点滅が同時に見れるとは、
灯台ファンなら泣いて喜ぶところだ。
東北には、金華山灯台、入道埼灯台、竜飛埼灯台、魹ヶ埼灯台など、
私が選んだ全国の灯台50選の灯台がいくつもあるが、
大間埼と尻屋埼はその中でもトップクラスなのだ。

江差を出発してから松前まで、天候はすこぶる良かった。
昨日に続いて、奥尻島はもちろん眺めることができたし、
松前大島、松前小島まで、はっきりと見えた。
松前を過ぎたら、津軽半島と下北半島がはっきりと見えた。
北海道で晩夏の日本海は濃いブルーだ。
根室海峡で、サロベツの原野で、こんな天候だったら、
国後島も利尻富士も見ることができただろうに。
まぁ、過ぎたことを言っても詮無い。 未練だ!

江差から松前まで、松前を過ぎて函館方面を知内まで、
とにかく交通量が少ない。 
あくびが出そうだが、松前大島と松前小島の島影が退屈さを紛らわせてくれる。
松前小島の方が島影としては面白い。


この島にも、
訪れたい灯台があるのだが釣り船をチャーターしないと行けない。
もう、その気力はないけど‥‥。

松前には12時過ぎに着いたが、無料パスポートの日帰り温泉は14時から。
それまで、時間つぶしに松前城 (福山城) を訪れた。
松前藩は、コメの生産がない特殊な藩だが、幕府には特別な藩だったのだろう。
北海道で最初の桜が咲けば、それなりの存在をアピールする城址だが、
桜のない時期には、ただの小藩の小さな城址だ。
復元された三層櫓はどうでもいいが、その脇の城門は立派だ。


砲台7基を三の丸に備えて、徳川末期の北への備えの特徴を残している。
弘前城と同じで、桜が咲けば名城だ。

入浴時間にまだ間があるので、松前浜チャンポンを食べた。


あっさりした白湯スープに、松前地方の海の幸が盛り込んである。
チャンポンにウニが合うとは思えないが、
そうしなければ、上代の1000円が設定できないのだろう。
ウニ抜きで800円なら納得できる。

松前を出て函館に向かったら、青空に黒い雨雲が。
それでも、津軽半島は隠れなかった。 右端は竜飛埼だ。
因みに、石川さゆりが 「津軽海峡冬景色」 で唄っている 「竜飛岬」 は間違い。
竜飛埼 (もしくは、竜飛崎) が正しい。
もっともこれは、唄っている彼女のせいではなく、阿久悠の間違いだ。
その、津軽半島に最も近いのが白神岬。 灯台がある。


この灯台は、私が好むと好まざるとにかかわらず、
北海道の灯台10基、日本の灯台50選に入れなければならない。
海保の、旧水路部灯台課が、
全国3300余基の灯台に通し番号を付けているが、
その番号は白神岬から始まり、北海道を反時計回りに回って、
本州、四国、九州、そして南西諸島で終わっている。 その、0001番なのだ。

道の駅、なとわ・えさん に着いたが、
お目当ての、道の駅の脇にある 「居酒屋 辰海」 は営業していなかった。
昨年、この居酒屋で、メッチャ美味いホッケとイカ飯を食べたのだ。
それ以来、内地で売っているホッケを買って食べていない。
内地で売っているホッケは脂がのっていなくて、
ここで食べた感激が薄れるから。 とても残念だ。

‥‥と思いながら、寝る前にもう一度確認したら、店に灯りが点いている。
もう、食べて、飲んでしまったが、ちょいと行ってみるか。